ノーベル賞を予想してみよう #4 「カチッ」とはまる化学ークリックケミストリー

ノーベル賞の季節まであと少し!

今年2016年のノーベルウィークは10月3日からだそうです。それに先駆けてどの学者が受賞するのか?面白そうだし予想してみようじゃないか、という企画です。

第一弾では「太陽系外の惑星観測」第二弾では「半導体の革命」第三弾は「そもそもノーベル賞はどう選ぶのか」ときており、今回の記事では「ノーベル化学賞」を予想をしてみたいと思います。

今年の化学賞はズバリ!

Barry Sharpless博士、Valery Fokin博士、Carolyn Bertozzi博士が「クリックケミストリーの提唱とその応用」で受賞すると予想します!


受賞分野の予想


といったもののノーベル化学賞はノーベル賞の中でも最も予想が難しいと言われていわれています。なぜなら、「化学」という学問の範囲が広すぎるからです。

高校の化学の授業で習う分野を並べてみても、
「有機化学(例: 有機元素分析・ヨードホルム反応)」
「無機化学(例: 錯体)」
「物理化学(例: 気体の状態方程式)」
「高分子化学(例: PET・6-6ナイロン)」
「生化学(例: 核酸・タンパク質などの生体高分子)」

と、いろいろありますし、これらを見てもらうとわかるように、物理化学なんて物理なのか化学なのかわからないし、生化学だって生物なのか化学なのかよくわからない。要するに、原子とか分子を扱ってればなんでも「化学」なのです!(雑)

とはいえ、ノーベル化学賞を予想するための手がかりはあります。それは、ノーベル賞の受賞分野はその人口比などを(おそらく)考慮した周期現象があると言われていることです。

そこで、2000年以降のノーベル化学賞の受賞分野をみてみると、まず圧倒的に多いのが生化学(2003・2004・2006・2008・2009・2012・2015・2016)。そして次に多いのが有機化学(2000・2001・2005・2010)。その他は物理化学(2007・2014)、分析化学(2002・2014)、無機化学(2011)、理論化学(2013)が続きます。

生化学はここ2年連続で受賞しているので、3年連続はないと仮定すると次に来る有機化学(2000・2001・2005・2010)は他の分野と比べても最近の受賞がありません。ということで、今年はずばり有機化学からの受賞の確率が高い!と踏んで予想してみたいと思います。


クリックケミストリーとは?


冒頭で名前を挙げた3名の研究者の業績を見てみましょう。

まず、Barry Sharpless博士は「クリックケミストリー(click chemistry)」という言葉を提唱しました。クリックケミストリーのclickとは、英語で「カチッとくっつく」という意味でシートベルトのように簡単にカチッっとくっつくような反応のことを指します。

簡単にカチッとくっつく反応

簡単にカチッとくっつく反応

そもそも有機化学とは、有用な機能をもつ分子を単純なパーツからくみ上げていく学問です。そして、そのために有機化学者が使うツールは「化学反応」であり、2005年にノーベル化学賞をとった「オレフィンメタセシス反応」や2010年の「クロスカップリング反応」など、複雑な構造をもつ分子をくみ上げるための反応を、これまでに有機化学者は数多く開発してきました。

しかし、こういった化学反応の中には危険な試薬を厳密な条件下で注意深く取り扱う必要があり、熟練の技を要する反応も多いといった問題点があります。そこで、こういった欠点を解消するような反応としてSharpless博士は、シートベルトのバックルのように簡単に二つの分子を「カチッ」とくっつけることのできる反応である「クリックケミストリー」を提唱しました。

Sharpless博士の定義したクリックケミストリーでは以下のことが要求されます。

1)目的生成物を高収率で与える

2)シンプルな構造を持つ

3)副生成物があまり生じない

4)実験操作が簡単で、精製操作は必要としない

5)水中を含む様々な条件で反応する

こういった条件を満たす反応の代表例として、アジドとアルキンのHuisgen環化付加反応が真っ先に挙げられます。

イメージといてはこんな感じ。赤と青が、「カチッ」っとくっついて環をつくるわけです。

アルキンとアジドのクリック反応

アルキンとアジドのクリック反応

この反応は非常に選択的・高効率かつ温和な条件で反応するので、数あるクリック反応のなかでも最適なものとされており、クリック反応といえばアルキン(三本の線)とアジド(N3)のHuisgen環化付加反応というぐらい市民権を得ています。


クリックケミストリーの応用(医薬品の合成・糖鎖生物学)


二人目に名前を挙げたValery Fokin博士と、Sharpless博士のグループは2002年に、銅を少量加えることによって、アルキンとアジドのクリック反応の反応速度が飛躍的に加速することを見出しました。この発見により、クリックケミストリーの要件である、温和な条件で・迅速に進むといった特徴がアルキンとアジドの反応に担保されました。

さらにFokin博士が取り組んでいることの一つに、医薬品の合成があります。。

2006年にはいろんな種類のパーツをクリックケミストリーによって結合させてスクリーニングすることにより、HIVウイルスの増殖にかかわるタンパク質に非常に強く結合し、その働きを阻害する薬の合成に成功しました。つまり、クリックケミストリーによって高い機能を持つ分子を合成することができることを実証したわけです。

クリック反応によるHIV阻害剤の探索

 

それに加えて、クリックケミストリーを生物学の方面にも応用したのがBertozzi博士です。

クリックケミストリーの大きな特徴の一つに、アルキンとアジドが生体内に存在せず、さらに生体内に存在する分子とも反応しないということが挙げられます。つまり、アルキンとアジドを細胞内に入れても、副反応を起こすことなく確実にアルキンとアジド同士が反応するため、細胞内の特定の生体分子をラベリングすることができるのではないかと期待されていました。

しかし、こうしたクリックケミストリーを細胞へ適応する際には、反応を加速させるために用いる銅触媒に細胞毒性があるという問題点がありました。そこで、Bertozzi博士は2004年に銅触媒を必要としないクリック反応を開発しました。

銅フリーのアルキンとアジドのクリック反応

銅フリーのアルキンとアジドのクリック反応

この反応はアルキン側がシクロオクチン環というひずんだ構造をもち、このひずみが駆動力となり、銅なしでの反応を可能にしています。この反応は、さすがに銅触媒を用いた反応よりも反応速度は落ちますが、細胞などの生きたものの中の生体分子を、その場でラベリングできるという大きなメリットがあります。

Bertozzi博士は、特に炎症や病気の治療とも関わりの深い糖という生体分子を化学反応により細胞内でラベリングすることで、糖鎖の役割を明らかにし、「糖鎖生物学」という新しい分野の発展に大きく寄与しました。現在もこの分野で精力的に研究を進めている彼女が、「糖鎖生物学」についてわかりやすく紹介する動画が以下にあるので、興味がある人は見てみてください。非常に聞き取りやすい英語です。

http://www.biology.kyushu-u.ac.jp/~nomura/diary/20130118.htm


まとめ


冒頭で述べたように化学賞は受賞分野の範囲が広く予想が難しいですが、近年有機化学の受賞がないことと、第三弾「ノーベル賞ってどうやって選ぶの?」で取り上げられたトムソンロイター引用栄誉賞を、Sharpless博士とFokin博士は2013年に、Bertozzi博士は2015年に受賞していることから、今年受賞の可能性はそこそこあるのではないでしょうか。

ということで、今年のノーベル化学賞は有機化学の分野から「クリックケミストリー」が受賞するのではないかと予想します!

以上ノーベル賞予想第4弾でした。

ドラゴン

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参考文献

http://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/brochure/R5106.pdf

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ange.200502161/abstract

投稿者プロフィール

ドラゴン
ドラゴン
4月から博士後期課程1年生。工学部で生命科学の研究をしています。
化学・生物全般に興味があります。

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